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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

戦国列伝―里見義康  豊臣家から徳川家へ


※アイコンは金禕

里見義康(さとみ・よしやす)
安房の人(1573~1603)

安房の大名・里見義頼(よしより)の長男。
1587年に父が没したため15歳で家督を継いだ。
父の路線を引き継ぎ豊臣秀吉に従ったが、1590年の小田原征伐で秀吉の逆鱗に触れ、上総・下総を没収され安房4万石に減封された。
理由は長らく小田原への遅参とされたが、近年の研究では惣無事令(戦闘禁止令)に背き小弓公方の足利頼淳(あしかが・よりあつ)を擁立し、旧領回復のため北条領を攻撃したこと、鎌倉公方の再興を掲げ勝手に禁令を発したことなどが原因と考えられている。
またこの際に仲裁役を務めた徳川家康と親交を深めたとされる。

1600年、関ヶ原の戦いでは東軍に加わった。
中山道から進軍する徳川秀忠への従軍を願い出たが、結城秀康(ゆうき・ひでやす)の下に付けられ、上杉景勝の南下を阻んだ。
この功により戦後、常陸鹿島を与えられ、太閤検地による石高見直しとあわせ12万石に加増された。

1603年、父や祖父と同じように31歳の若さで没し、家督は10歳の嫡子・里見忠義(ただよし)が継いだ。

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小金沢
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