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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

戦国列伝―里見忠義  そして伝説へ


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里見忠義(さとみ・ただよし)
安房の人(1594~1622)

安房の大名・里見義康(よしやす)の嫡子。
1603年、父が没したため10歳で家督と安房・常陸12万石を継いだ。
将軍・徳川秀忠から「忠」の字を拝領し、江戸幕府老中を務める大久保忠隣(おおくぼ・ただちか)の孫娘を妻に迎えるなど、幕府から厚遇された。

だが家中は度重なる当主の早逝で混乱し、年若い忠義には収めきれず分裂を招いていた。
1614年、重陽の節句にあたり江戸城へ祝賀の挨拶に出向いたところ、突如として謹慎を言い渡された。
大久保忠隣の失脚に連座させられ安房9万石を没収、さらに間もなく伯耆倉吉3万石への転封を命じられた。
異説として伯耆倉吉の所領はわずか4千石で、1617年にはそれすらも没収され百人扶持の身分にまで落とされたという。

1622年に29歳の若さで没し、嗣子がなく里見家は滅亡した。
曽祖父の里見義弘(よしひろ)以来、当主の早逝が相次いだ末の悲劇であった。

また8人の側近が忠義に殉死し「八賢士」と讃えられ、彼らが「南総里見八犬伝」の「八犬士」のモデルとされる。

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小金沢
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