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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

戦国列伝―北条高広  上杉家一の粗忽者


※アイコンは呂布

北条高広(きたじょう・たかひろ)
越後の人(??~??)

長尾家に仕え長尾景虎(後の上杉謙信)の代になった1554年、武田信玄と内通し反乱した。
しかし翌年に鎮圧されると以降は奉行として活躍する。

1563年、上野厩橋城を任され関東方面を統治した。
だが1567年、今度は北条氏康と内通し離反。氏康は字こそ同じだが読みの違う高広がまぎらわしいため「喜多条」と書いて区別し、高広も毛利姓を名乗った。
しかし翌年、上杉家と後北条家が和睦を結ぶと後北条家の仲介により上杉家に出戻った。

1574年に隠居し、嫡子の北条景広(かげひろ)に家督を譲った。
謙信が没すると出家して弔い、上杉家の後継者争い(御館の乱)では上杉景虎(うえすぎ・かげとら)に肩入れしたものの、父と景広を殺され武田家へ亡命した。

1582年、武田家が滅亡するとそのまま織田家に仕えるが、本能寺の変で織田軍が撤退すると後北条家に従う。
同年のうちに上杉家に三度出戻ったものの、後北条軍に囲まれて降伏。
その後は歴史から姿を消し、跡を継いだ一族の「北条高広」なる同姓同名の別人は上杉家に仕えたものの、家名を復興させることはできず没落したという。

非常に勇猛で「器量・骨幹、人に倍して無双の勇士」とうたわれたが一方で「上杉家一の粗忽者」とも呼ばれていた。
ついうっかり離反を繰り返したものの、あっさり出戻りを何度も許されているあたりにその粗忽さが垣間見える。

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