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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

戦国列伝―下間頼廉  本願寺のチート和尚



下間頼廉(しもづま・らいれん)
出身地不明(1537~1626)

石山本願寺の坊官。僧侶ながら知勇兼備の名将で、さらに政治面でも活躍した。
織田信長との石山合戦では雑賀孫市とともに本願寺軍の主力として戦い「大坂之左右之大将」とうたわれた。

1580年、劣勢に立たされた本願寺が勅命による講和を受け入れると、法主の顕如(けんにょ)に従い石山本願寺を退去した。
信長が没すると豊臣秀吉、徳川家康らは一向宗に派兵を要請したが、頼廉は頑として断り続け、中立を保った。

1593年、顕如の子で反体制派の教如(きょうにょ)が秀吉の命により石山から退去させられ、親豊臣派の准如(じゅんにょ)が即位すると、それに対し異議を唱えた。
秀吉は激怒したが、後に赦免すると頼廉は以降、一貫して准如を補佐したという。

1626年、90歳で没した。子孫も代々、准如の西本願寺に仕えた。

余談だがSLG「信長の野望」では当初、武力ばかり高い脳筋武将に設定されていたがシリーズを重ねるごとに智謀も高まっていき、武力は福島正則・柴田勝家にも匹敵する最高96を記録。
さらに最新作「創造」では政治も急上昇し全能力が90近いチート武将に仕上がっている。

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