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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

戦国列伝―三好実休  有能な弟

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戦国列伝―三好実休  有能な弟



三好実休(みよし・じっきゅう)
摂津の人(1527?~1562)

三好長慶(ちょうけい)の弟。義賢(よしかた)の名で著名だがこれは誤伝で、本名は之虎(これとら)。実休は法名である。
兄の長慶は細川晴元(ほそかわ・はるもと)に仕え、実休はその分家で阿波守護の細川持隆(もちたか)に仕えた。

1548年、長慶は反旗を翻し細川晴元を追放。
1553年に実休が弟の十河一存(そごう・かずなが)とともに細川持隆を暗殺し、その息子の細川真之(さねゆき)を傀儡の守護として擁立した。
三好家の支配域は畿内から阿波・讃岐の大部分に及び、1560年には河内守護の畠山高政(はたけやま・たかまさ)を追放し実休が代わりの河内守護となるが、1562年、根来衆の援助を得た畠山高政の反撃により、実休は敗走し首を獲られた。

実休の討ち死にの一報が届いた時、長慶は連歌会を催していた。
だが長慶は動じることなく連歌に事寄せて実休へ手向けの句を贈り、参加者を感嘆させたという。

実休自身も千利休らと交流した高名な茶人であり、山上宗二(やまのうえ・そうじ)には武士の中でただ一人「数奇者」と評された。
また旧主の細川持隆の暗殺後に出家したことから、内心では暗殺に悔悟の念を抱いていたと思われる。

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