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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

戦国列伝―曽呂利新左衛門  元祖落語家



曽呂利新左衛門(そろり・しんざえもん)
出身地不明(??~??)

豊臣秀吉に御伽衆として仕えた。落語家の始祖とされ、半ば伝説化した人物で実在も疑わしく、没年すら1597年から1642年まで諸説あるほど、その事績は判然としない。
織田信長に仕えた金森長近(かなもり・ながちか)の弟で、やはり落語家の始祖といわれる安楽庵策伝(あんらくあん・さくでん)と同一人物とする説もある。

話術のほか茶道、香道、和歌に通じ、若い頃は刀の鞘職人をしていて、彼の作った鞘は刀に「そろり」と合うことから曽呂利の姓を名乗った。
本名は杉森彦右衛門(すぎもり・ひこえもん)で、坂内宗拾(さかうち・そうじゅう)の別名を用いたともいう。

時代は下り明治期、上方の噺家である猪里重次郎(いさと・じゅうじろう)は、曽呂利新左衛門の名を用いた。
二代目と偽物をかけ二世(にせ)曽呂利新左衛門を名乗り人気を博したが、彼の死後、曽呂利新左衛門の名を継ぐ噺家は出ていない。

以下、初代曽呂利新左衛門と秀吉との面白い逸話を箇条書きする。

ある時、秀吉から好きな物を褒美にやろうと言われた新左衛門は「私が用意した紙袋一つに入る物をください」と答えた。
ところが何日経っても袋は出来上がらず、不審に思った秀吉が調べさせると、新左衛門は米蔵一つが丸ごと入る巨大な紙袋をこさえており、秀吉はあわてて止めさせた。

またある時、やはり褒美の希望を聞かれた新左衛門は「今日は米を一粒、明日は倍の二粒。その翌日にはさらに倍の四粒と、倍倍していき百日間ください」と申し出た。大した量ではないと思った秀吉は請け負ったが、よくよく考えると莫大な量になることに気づき、他の褒美に変えさせた。

また別の折、例によって褒美を尋ねられた新左衛門は「毎日一度だけ、殿の耳の匂いを嗅がせてください」と言った。
魂胆がわからないまま秀吉が承知すると、新左衛門は大名が秀吉の前にいる時に限って耳の匂いを嗅いだ。
大名は新左衛門が何か告げ口をしていると思い込み、口止めのために贈り物をするようになったという。

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