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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

戦国列伝―猿飛佐助  十勇士の筆頭


※アイコンは凌統

猿飛佐助(さるとび・さすけ)
信濃の人(??~??)

真田十勇士の筆頭に挙げられる忍者。本名は井辺武助(いべ・ぶすけ)。
架空の人物だがモデルになった人物は実在するという説もある。

父の鷲尾佐太夫(わしお・さだゆう)は森長可(もり・ながよし)に仕えたが、小牧・長久手の戦いで討ち死にしてしまい、佐太夫は信濃に隠棲し、小夜(さよ)と武助の姉弟をもうけた。
武助は山中で猿と遊んでいたところ、甲賀忍者の戸沢白雲斎(とざわ・はくうんさい)に素質を見込まれ、3年の修行で甲賀忍術を会得した。

武助は後に真田幸村に仕え、猿飛佐助幸吉(ゆきよし)と名付けられ真田十勇士の筆頭格として活躍。
1615年、大坂夏の陣では徳川家康を苦しめるも衆寡敵せず敗北し、幸村とともに薩摩へ逃れた。

江戸時代には早くも伝記を描かれ庶民の間で愛され、現在もなお数々の創作に登場し人気を博している。


~~二人の佐助~~
モデルとされる人物が二人いる。
一人は1570年、金ヶ崎の戦いで木下藤吉郎が殿軍を務めたおり、3千の配下を率いて襲撃した盗賊の猿飛仁助(さるとび・にすけ)である。
再三にわたり浅井・朝倉軍の追撃を受け疲労困憊だった木下軍に抵抗する気力はなかったが、藤吉郎の腹心・蜂須賀小六(はちすか・ころく)の家臣に仁助と旧知の者がおり、彼の説得によって仁助は逆に藤吉郎に降り、天下取りに裏で協力したという。
ただし見ればわかる通り仁助の存在自体が甚だ怪しい。

もう一人が伊賀忍者の下柘植木猿(しもつげ・きざる)で彼の本名が上月佐助(こうづき・さすけ)であり、あわせて猿飛佐助と3文字かぶっている。
また大坂夏の陣の後、服部半蔵(時期から見て5代目の服部正吉(はっとり・まさよし)か)が伊賀の柘植野に侵攻し残党狩りを行っており、下柘植木猿が猿飛佐助である傍証ともされる。

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