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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

戦国列伝―藤堂高虎  主君を七度変えた忠臣



藤堂高虎(とうどう・たかとら)
近江の人(1556~1630)


190センチを超える巨漢で、体中にくまなく刀傷や銃創を受け、両手の指も数本欠損していた。
高虎が生まれた頃、小領主だった藤堂家は没落し、農民にまで身をやつしていた。
浅井家の足軽として、姉川の戦いで首級を挙げたものの、間もなく浅井家が滅亡してしまい、旧臣の阿閉貞征(あつじ・さだゆき)、磯野員昌(いその・かずまさ)や織田信長の甥・津田信澄(つだ・のぶすみ)らのもとを転々とし、食うに事欠き無銭飲食までしたという。

1576年、流浪の末に羽柴秀吉の弟・羽柴秀長(はしば・ひでなが)に仕える。ようやく仕えるべき主君にめぐり会えた高虎は鉄砲大将を任され、賤ヶ岳の戦いでは銃撃で猛将・佐久間盛政(さくま・もりまさ)を敗走させ勝利のきっかけを作った。
1585年の紀州征伐では山本主膳(やまもと・しゅぜん)を討ち取り、鈴木佐太夫(すずき・さだゆう)を謀略で自害させた。この頃から築城も任され、後に築城の名手として加藤清正と並び称される。
翌年、秀吉から徳川家康の屋敷の設計を命じられると、警備上の不備があるとして自腹を切り独断で設計を変更した。家康に設計図と異なることを尋ねられると「天下の武将である徳川様に不慮があれば秀吉の面目に関わると考え、一存で変更しました。ご不満でしたらお手討ちください」と応じたため、家康は心遣いに感激した。

1587年の九州征伐では歌に残されるほどの厳格な処罰で臨み、ますます信任を深めたが1591年、主君の秀長が没してしまう。
跡を継いだ甥の豊臣秀保(とよとみ・ひでやす)に引き続き仕えるも、4年後に秀保も病没。高虎は出家して高野山に隠退したが、才を惜しんだ秀吉は生駒親正(いこま・ちかまさ)を派遣し伊予7万石への加増で復帰させた。
1597年からの慶長の役では水軍を率い、朝鮮水軍を壊滅した。一方で加藤嘉明(かとう・よしあき)と先陣を争いたびたび対立し犬猿の仲となった。
だが後年、徳川秀忠(とくがわ・ひでただ)から東北勢への睨みを利かせるため会津への転封(石高は倍増となる)を持ちかけられると、老齢のため固辞し、代わりに加藤嘉明を推挙した。嘉明との確執を知っていた秀忠がいぶかると、「国家の大事の前には私事など無用」と答え、それを伝え聞いた嘉明は高虎と和解した。

1598年、秀吉が没すると高虎は親交のあった家康にいち早く接近した。
翌年の関ヶ原の戦いでは脇坂安治(わきさか・やすはる)、小川祐忠(おがわ・すけただ)、朽木元綱(くつき・もとつな)、赤座直保(あかざ・なおやす)ら四大名を寝返らせ、自らも主力の一角として大谷吉継(おおたに・よしつぐ)と死闘を演じ、戦後には20万石に加増された。
家康には絶大な信頼を受け、先鋒は譜代は井伊家、外様は藤堂家と定められ、譜代大名と同格の扱いを受けた。
ある時、高虎は自分の死後に殉死するつもりの家臣に名乗り出るよう命じると、70人が手を上げた。高虎は70人の名を家康に告げ「藤堂家はもちろん徳川家のために命を惜しまない彼らの殉死を上意で止めて欲しい」と頼み、家康も了承した。
さらに高虎は嫡子が頼りないことから、自分の死後に領地を要衝の伊勢から別に移すよう願い出た。しかし家康は「お前の死後には殉死を止めた者達がいるだろう。そのような忠臣が代々いれば安心だ」とかえって藤堂家は末代まで伊勢から動かさないよう命じたという。

1614年からの大坂の陣では長宗我部盛親(ちょうそかべ・もりちか)や毛利勝永(もうり・かつなが)ら主力と激突し、一族の将ら600人を超える死傷者を出した。
1616年、家康が臨終の床につくと高虎は側近くにはべることを許された。家康が「宗派が違うから死後には会えないな」と言うと、高虎は南光坊天海(なんこうぼう・てんかい)に頼み即座に改宗した。
家康没後には築城の才を活かし日光東照宮の造営にも携わった。1620年、徳川秀忠の五女が入内する際に高虎は自ら志願して露払いを務め「入内できなければ御所で切腹する」と脅迫同然の手段で事を進めた。

1630年、75歳で死去。
主君を七度変えたことから奸臣として描かれることも多いが、そもそも戦国時代には主君を変えることは珍しくなく、江戸時代になり儒教が広まり一人の主君に仕える忠義の概念が取り入れられたのであり、また外様でありながら家康に深く信頼されたこと、幕末に藤堂家が早々と官軍に寝返ったことも悪影響を与えているだろう。
高虎はかつて仕えた浅井長政に拝領した刀を愛用し、津田信澄の死後にはその妻子を保護し、羽柴秀長の墓所を修繕したり、関ヶ原で戦った大谷吉継の墓も造っている。
また家臣が出て行く時にはいつでも帰ってくるよう言い、実際に出戻ってくるともとの禄のまま召抱えたという。

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