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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

戦国列伝―吉田重政  吉田流二代目



吉田重政(よしだ・しげまさ)
近江の人(1485~1569)

吉田流弓術の創始者である吉田重賢(よしだ・しげかた)の子。父から吉田流を継いだ。
同族である近江守護・六角義賢(ろっかく・よしかた)に仕えた。だが奥義の伝授を望んだ義賢と「奥義は吉田家にしか伝えられない」と揉め、一時は朝倉家へ亡命した。
重政は吉田流が途絶えることを恐れ、四男の吉田重勝(よしだ・しげかつ)に奥義を授け京へ移らせた。重勝は後に「雪荷派(せっかは)」を興した。

6年後、六角義賢と和解した重政は再仕官し、義賢が重政の嫡子・吉田重高(よしだ・しげたか)の養子となり、後に返伝することを条件に奥義を授けた。重政から印可を受けたのは義賢のみである。
また重政自ら鍛え上げた弓兵部隊は精強を誇り、松永久秀(まつなが・ひさひで)の兵1万をわずか300で撃退した逸話も残る。

1569年、85歳で没した。
六角義賢は約束を守り、後に吉田重高へ奥義を返伝した。重高は「出雲派」を興し、雪荷派と並ぶ名声を博した。
また義賢の嫡子・六角義治(ろっかく・よしはる)も弓術の名手として知られ、豊臣秀次(とよとみ・ひでつぐ)や豊臣秀頼(とよとみ・ひでより)らの師範となっている。

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