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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

戦国列伝―大久保忠世  膏薬侍


※アイコンは申耽

大久保忠世(おおくぼ・ただよ)
三河の人(1532~1594)

徳川十六神将の一人。
大久保家は家康の祖父の代から仕え、忠世の家は庶流ながら多くの武功を立てたため本家の勢力をしのいでいた。
忠世も弟の大久保忠佐(ただすけ)とともに武勇に優れ、1573年の三方ヶ原の戦いでは、敗戦後に意気消沈する味方を励まそうと、武田軍を闇にまぎれて銃撃し、武田信玄をして「勝ちても恐ろしき敵」と感心させた。(ただしこの逸話は下の弟・大久保彦左衛門(ひこざえもん)の著作によるもので信憑性は薄い)
また1575年、長篠の戦いでも活躍し織田信長から「良い膏薬のように敵に貼り付き離れない」と「膏薬侍」なるいかにも信長らしいあだ名を付けられた。

武勇のみならず政治手腕にも優れ、また出奔していた本多正信(ほんだ・まさのぶ)の帰参を助けたり、若く血気にはやる井伊直政をたしなめたりと、人格者の一面も併せ持った。
いざという時の出費に備え、1月のうち7日は断食して金を貯めていたという逸話も伝わる。

1594年、63歳で没した。
家督は嫡子の大久保忠隣(ただちか)が継ぎ、徳川秀忠に仕え絶大な権勢を誇ったが、突如として改易された。
忠隣は没するまで罪を赦されなかったが、死後に孫は帰参を許され藩主に復帰している。

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