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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国志列伝――魏・賈逵  三国一の地味男



賈逵(かき)字は梁道(りょうどう)
河東郡襄陵の人(174~228)

~経歴~
名家に生まれたが早くに両親を亡くし、貧乏な幼少期を過ごした。しかし逆境をバネに勉学に励み、祖父からは「大人になれば将軍になれる」と将来を嘱望された。
地方官を務めていたときのこと、街を袁譚(袁紹の長子)の軍に囲まれてしまう。街の長老たちは賈逵の助命を条件に降伏した。袁譚は賈逵を召し抱えようとするが応じず、賈逵は殺されそうになる。すると官吏や住民はこぞって賈逵の助命運動を起こし命を救った。領民に心から慕われていたのだ。
のちに魏に仕えると200里にも及ぶ大運河を築いたりと善政を布き、曹操の死に際しては葬儀の責任者を任された。
政治色の強い人物だが、曹休(曹操の一族)が呉に攻め入ったときにはいち早く周魴の裏切りを見抜き、大敗した曹休を救うなど、軍事の才も大きかった。
しかし印象はなぜかとことん地味な器用貧乏。それでこそ賈逵。極絵師の肖像は彼の地味っぷりを見事に描いている。

また、彼の息子・賈充(かじゅう)は父の才を継ぎ、魏を見限って時の権力者・司馬氏に仕え、軍師として晋の基盤を作り上げた。
父とは真逆の派手な人物である。

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小金沢
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