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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―魏・隠蕃  魏の間者

隠蕃(いんばん)字は不明
青州の人(??~??)

魏の臣。

弁舌に長けたため、曹叡は呉に偽って投降し、内部から切り崩すように命じた。

230年、隠蕃は呉に投降し、巧みな弁舌ですぐに孫権に気に入られた。
人物評を聞かれた胡綜(こそう)は「誇大な構想は東方朔に、巧妙な詭弁は禰衡(でいこう)に似ていますが、才能はどちらにも及びません。ひとまずは膝下で小さな官職に就け様子を見ましょう」と答えた。孫権は隠蕃が司法を得意としたため廷尉監に任じた。

衛将軍の全琮(ぜんそう)や(『孫登伝』)、重臣の朱拠(しゅきょ)・郝普(かくふ)が隠蕃を「王者を補佐する才」と称賛したため声望を集め、人々はこぞって交際を求めた。
信頼を得た隠蕃は重臣たちの罪を厳しく取り調べ、彼等を離反するように仕向けた。(『孫登伝』・『胡綜伝』)

しかしついに魏の間者と発覚し捕らえられた。誰が謀叛に関与していたのか、拷問されても口を割らず、孫権は自ら引見し、なぜそこまで他人をかばうのか尋ねた。
隠蕃は「仲間は確かにいるが、烈士は死んでも他人を巻き添えにはしないのだ」と言い、秘密を守ったまま殺された。

隠蕃を特に支持した朱拠と郝普は罪に問われ、朱拠は長らく禁固刑を受けた。
孫権は郝普を「あなたは盛んに隠蕃を称賛し、不当に冷遇されていると朝廷に恨み言まで言った。隠蕃の罪はあなたに責任がある」と問責し、自害を命じた。(『胡綜伝』)

隠蕃が持てはやされていた頃、羊衜(ようどう)と楊迪(ようてき)だけは交際を拒んだ。
また潘濬(はんしゅん)は子の潘翥(はんしょ)が隠蕃に食料を援助していると聞き「投降者を助けるなど何事だ。速やかに私の使者のもとに出向いて百叩きの刑を受け、食料は返還させよ」と命じた。

人々はその態度をいぶかしんだが、陰謀が露見すると、先見の明に感服したという。(『孫休伝』・『潘濬伝』)

『胡綜伝』の註に引く「呉録」は、隠蕃ははじめから魏の策略により偽って投降したとするが、その他の記述は投降後に翻意し、謀叛を企んだようにも読める。
本項では魏の間者として記した。

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