忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・郭淮  北伐に立ちはだかった男



郭淮(かくわい)字は伯済(はくさい)
并州太原郡陽曲の人(??~255)

~経歴~
孝廉に推挙され、のちに曹丕の近習となった。曹操に従い漢中を征伐し、平定すると漢中を任された夏侯淵の副将となる。しかし蜀軍が侵攻してきたときには病に伏せっており、夏侯淵も黄忠に討たれてしまった。
軍が動揺すると、郭淮は代わりの大将として張郃を推挙し、劉備も「夏侯淵を討ったことなど問題にならない。張郃のほうが手強い」と警戒したため、すぐに動揺は治まった。
漢中は結局、蜀の手に落ちたが、郭淮は才を認められ、その後は張郃の副将として反乱の鎮圧に当たった。

曹丕が即位したとき、祝賀に出向こうとしたが、病を得てしまいやむなく療養に務めた。祝賀会には間に合うように計算していたが、都に着いたときにはもう閉会しており、曹丕に皮肉られた。
しかしそこで機転のきいた弁解をしたため、逆に曹丕に気に入られ、雍州刺史に任じられた。
郭淮は降伏してくる相手の親族関係などを調べ上げ、ゆきとどいた気配りをしたので、郭淮にならばと降伏する者が数多かったという。

諸葛亮の北伐に対しては、そうして手なずけた羌族から兵糧の援助を受けるなどして対抗した。一進一退の攻防がつづいたが、曹真(そうしん)、司馬懿のもとで粘り強く戦い、ついに諸葛亮が五丈原に死すまで耐えぬいた。
諸葛亮のあとを継いだ姜維は、羌族と交流があったため、逆に羌族に侵攻されたり、ついに蜀に対する最高司令官にまで上り詰めたことで、不仲だった副将の夏侯覇(かこうは)の出奔を招いたりと苦戦はつづいたが、それでも蜀の北伐を防ぎきった。

251年、王凌(おうりょう)が謀反のかどで捕まり自害すると、王凌の妹である郭淮の妻も罪に問われ、中央に送還されることとなった。
郭淮の配下や、慕っていた周辺の部族らが助命を嘆願したが、郭淮は法を守るべきだと一顧だにしなかった。
しかし郭淮の息子たちが、額から血を流すほど伏し拝んで母の助命を願ったため、ついに郭淮は妻を奪還した。
郭淮は「妻を失えば息子たちは自害を選び、息子たちに死なれれば私も生きてはいられません。これが法に反するならば、私を罰してください」と言上した。
司馬懿は心を動かされ、郭淮も妻も罪に問わなかった。

蜀と戦うこと数十年、侵略を許さずに没した。死後には大将軍を追贈された。
ちなみに「演義」では姜維に射殺されているがもちろん創作である。「柴錬三国志」では郭淮の射た矢を姜維がつかみ、弓につがえて打ち返すという神業を演じ、姜維は諸葛亮の加護だと述懐しているが、大軍師の神通力で、「演義」では脇役どまりの郭淮をどうにか殺したのでは、かえって諸葛亮の名折れではないかという気もしてならない。


~三國無双での郭淮~
「真・三國無双6」でついに登場を果たした郭淮だが、なぜか病弱キャラに描かれている。
たしかに病に倒れたエピソードが2つあるが、極寒の北国で何十年も戦っていた郭淮が病弱のわけがない。
同姓の郭嘉(かくか)の代わりとして(郭嘉は30代の若さで病に倒れ早逝している)郭淮に病弱キャラが割り当てられたのだろう。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R