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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・趙昂  王異の夫



趙昂(ちょうこう)字は偉章(いしょう)または偉璋(いしょう)
涼州天水郡の人(??~219?)

魏の将。妻は王異。
楊阜(ようふ)、尹奉(いんほう)とは同郷でともに名を上げていった。
213年、馬超に城を包囲された涼州刺史の韋康(いこう)は、趙昂らの諌めを聞かずに降伏し、後に処刑された。
馬超は息子を人質に取り、趙昂を配下にできたことを喜んだが、信用しきれず妻の楊氏(ようし)を王異に接触させ本心を探ろうとした。王異は言葉巧みに夫の忠誠を語り、馬超を信用させた。

そして214年、趙昂は楊阜、尹奉、姜叙(きょうじょ)とともに馬超へ反旗を翻した。
趙昂ははじめ息子の身を案じ決起を渋ったが、王異に「忠義を尽くすためなら自分の首を失ったとしても大したことではない。ましてや息子一人がなんだと言うのか。顔回(がんかい 早世したが孔子の弟子として不朽の名声を博した)は百歳まで生きましたか」と諭され、決起に至ったという。
趙昂は祁山に立てこもり馬超と戦った。人質の息子は殺されたが、王異も自ら弓を取り、夫婦で9つの奇計を練り、夏侯淵の援軍が到着するまで耐え抜いた。

戦後、曹操は趙昂らの奮闘を激賞し11人に爵位を与えた。
趙昂の名はその後、歴史から姿を消すが219年、定軍山の戦いで夏侯淵とともに戦死した益州刺史の趙顒(ちょうぎょう)という者がおり、同一人物と考えられる。

「演義」でもほぼ同様の事績が語られるが、息子は史実よりも年長で、人質ではなく馬超の副将になっているという微妙なアレンジがなされた。

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