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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・袁渙  正論家



袁渙(えんかん)字は曜卿(ようきょう)
豫州陳郡扶楽県の人(??~??)

魏の臣。「演義」には登場しない。
若い頃から地方の官吏を歴任した。
196年、劉備に推挙され袁術(えんじゅつ)に仕える。常に正論を放ったため敬意を払われたが翌197年、呂布に敗れ捕虜となり、そのまま仕えることとなった。
ある時、呂布は武器を突きつけ、劉備を非難する手紙を書かせようとしたが、袁渙は顔色を変えずに拒絶し、冷静に反論したため呂布は恥じ入り引き下がったという。
「演義」のイメージが濃いが、話の通じなさではトップ5に入るだろう袁術と呂布を正論で説き伏せられるのは袁渙くらいではなかろうか。

198年、呂布が曹操に討たれると降伏した。陳羣(ちんぐん)ら他の降伏者は曹操に平伏する中、袁渙は対等に挨拶を返し、また戦利品を分け与えられると、他の者は車に物資を詰め込んだが、袁渙は書籍を数百巻と当座の食料だけを望んだため、曹操は敬意を払うようになった。
曹操の下では重職を歴任し、清廉な人柄で民からも慕われた。ある時、劉備が死んだという誤報が流れると、諸将が喜ぶ中、袁渙はかつて推挙された恩を忘れず、一人それに同調しなかった。
確かな没年は不明だが、216年~220年の間に亡くなり、曹操は涙を流して死を惜しんだという。

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