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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・王忠  人を食った男



王忠(おうちゅう)字は不明
雍州扶風郡の人(??~??)

魏の将。若い頃、飢饉に苦しみ人肉を食べたことがある。その飢饉を避けてか一族を連れ南下した。
荊州に勢力を築いていた婁圭(ろうけい)に誘われたが、それを拒否して攻撃し、軍勢を奪うと曹操に降った。
婁圭は董卓残党の有力者だった張済(ちょうせい)を討ち取ったと見られており、間違いなく張済より小勢だったはずの戦力で勝利した王忠の手腕はなかなかのものである。

199年、劉備が徐州で独立を果たすと、劉岱(りゅうたい)とともに攻撃したが敗北。劉備は「汝らが百人来てもどうにもならん。曹操が来ればわからんが」と嘲笑したが、曹操が来ると潰走し、関羽とも一時はぐれる憂き目にあった。

その後は順調に昇進を重ね、侯にも封ぜられた。表立った事績は特にないが、曹操の魏公即位、曹丕の帝位禅譲に際しての文書に名を連ね、その連名の順序から相当の高位にあったことが伺える。

曹丕とは懇意にしていたようで、ある時、曹丕は墓場から髑髏を取ってこさせると王忠の馬の鞍に結びつけ、人食したことをからかった。
また224年、曹丕の腹心・呉質(ごしつ)が酒宴を催した時、呉質が曹真(そうしん)の肥満をからかい激怒されると「肥満をからかうなら、先に自分が痩せているのを認めるべきだ」とよくわからないフォローをした結果、呉質と曹真の双方を怒らせた、というきわめてどうでもいい逸話が伝わっている。
別の伝では呉質と一緒になって曹真をからかったともされるが、やはりどうでもいい。

「演義」では劉備に敗北した場面にだけ登場。
劉岱とともに捕らえられるが、劉備は二人を厚遇したうえに送り返し、感激した二人は劉備を褒めそやしたため激怒した曹操にあやうく殺されかけた。

「横光三国志」では関羽・張飛を恐れてなかなか進撃できず、曹操に催促されてしかたなくクジ引きで先手を決める場面がコミカルに描かれた。

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