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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・曹節  悲劇の皇后



曹節(そうせつ)
出身地不明(??~260)

曹操の娘。213年、三姉妹で献帝(けんてい)に嫁いだ。
215年、伏(ふく)皇后の父・伏完(ふくかん)が謀叛を企んでいたことが発覚し、伏皇后ら一族郎党が処刑されると、後に曹節が皇后に立てられた。

220年、曹操が没すると跡を継いだ曹丕は献帝に帝位の禅譲を迫った。
曹節は兄に激怒し玉璽(帝位の証となる印鑑)を握りしめ数日にわたり抵抗したが、ついに諦めると「我々は天に祝福されないのか」と泣きながら使者に玉璽を投げつけた。そのために玉璽の角が欠けたという。

廃された献帝は山陽公となり僻地へ送られたが、曹節もそれに従った。同時に嫁いでいた姉を差しおき皇后になったのは、やはり献帝と仲睦まじかったからだろう。(一方で「後漢紀」には姉が皇后になったとも書かれている)

234年に献帝が没し、曹節は260年に没した。くしくもその年は皇帝の曹髦(そうぼう)が専横をきわめる司馬昭へ討伐の兵を挙げるも、返り討ちにあい殺害された年で、曹氏の衰退を象徴するような二人の死であった。

「演義」では版本により曹節のキャラが異なり、はじめの版では曹丕への禅譲に際し「さっさと兄に帝位を譲りなさい」と献帝に迫り、帝位を剥奪されるなら用はないと実家に戻る鬼嫁に描かれた。
これは「吉川三国志」でも同様で、それを原作とする「横光三国志」ではさらに父そっくりのおよそ器量も良くない容姿に描かれ、また献帝への嫁入りも遅く、伏皇后の死をきっかけに曹操から「良い娘がいる」と紹介される流れでますます政略結婚臭が増している。
「演義」は後の版本で史実に沿った良妻に描かれ名誉が回復されたが、吉川&横光の力で日本では悪妻キャラの印象が濃いだろう。

「蒼天航路」では英雄曹操のファンという共通点から献帝との仲睦まじい様子が描かれた。

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