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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・曹沖  曹操が溺愛した神童



曹沖(そうちゅう)字は倉舒(そうじょ)
沛国の人(196~208)

~経歴~
曹操の八男。
幼少のころから非常に聡明で、曹操はその意見を聞くことさえあり、一時は9歳上の嫡子・曹丕よりも曹沖を後継に考えたほどだった。
わずか13歳で世を去ったが、その際に曹操は普段まったく信じていない祈祷師に病気治癒を祈願させるほど必死になり、亡くなると同時期に死んだ美少女の遺体をもらいうけ、結婚式と葬式を同時に執り行った。
また「名医の華佗(かだ)さえ生きていれば」と、怒りに任せて華佗を殺してしまったことをひどく後悔し、赤壁の戦いの際にうたった詩は、曹沖を失った悲しみを詠んだものとも言われている。
曹操は曹丕に「倉舒(曹沖)を失ったことは私にとって大きな悲しみだが、後継者争いの最大の敵が消えたお前にとっては、大きな喜びだったろうな」と皮肉まで言い、曹丕ものちに「曹昴(そうこう 曹丕の兄。早くに戦死した)が生きていても、私が後継者になる望みはあっただろうが、倉舒が生きていれば後継者になれなかったろう」と述懐している。
曹沖の死と時を同じくして、曹操の勢力拡大の勢いが失われたことも、単なる偶然であろうか。


~逸話~
あるとき、孫権から象が贈られてきた。曹操はその重さを量りたいと思ったが、誰もいい案を出せなかった。すると曹沖が「象を船に乗せて水に浮かべます。船体にそのときの水面の高さを書きつけます。象をおろして、水面の高さが同じになるまで船に石を乗せ、石の重さをひとつひとつ量ればいいでしょう」と言い曹操を喜ばせた。


~逸話2~
あるとき、倉庫に保管してあった曹操の鞍がネズミにかじられた。倉庫の番人は自首しようとしたが、それを聞いた曹沖は3日待つように言うと、自分の服に穴を開けて曹操に「ネズミに服をかじられることは不吉らしいです」と相談した。曹操はそんなことは迷信だと笑った。
後日、倉庫の番人が謝罪に訪れると、曹操は「息子が普段使っている服もかじられるのに、倉庫に置いておいた鞍がかじられるのは当たり前だ」と許した。

ただ頭が切れるだけではなく、曹沖はこのように慈愛の心も持っていた。それが曹操が自分の後継者にと目した理由であろう。

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