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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―魏・曹彪  反乱に加担した皇族

曹彪(そうひょう)字は朱虎(しゅこ)
豫州沛国譙の人?(195~251)

曹操と孫姫(そんき)の子。

216年に22歳で侯に封じられたのを皮切りに、各地に転封され222年には王位に上った。
学問を好み賈洪(かこう)を師と仰ぎ、重臣たちより丁重に扱った。

異母兄の曹植(そうしょく)とは文学を通じて親しく、兄の曹彰(そうしょう)の葬儀の帰りに同行しようとしたところ、王が道を同じくしないよう禁止された。それに怒った曹植は筆を執り「白馬王彪に贈る」という詩を書いた。これは南北朝時代に編まれた「詩品」でも最上位の絶唱に挙げられる名作だという。

なお実際に白馬王に封じられたのは3年後のことで、「魏書」の誤りか、後世の人が序文(序文にのみ白馬王の呼称がある)と題名を付けたものと推測される。

249年、司馬懿の専横を見かねた王淩(おうりょう)は、反乱を起こし曹彪を帝位に据える計画を立て、曹彪も賛同した。
だが251年に露見し、王淩は逮捕され、処刑前に自害し、曹彪もまた自害を命じられた。享年57。

若い頃、優れた人相見として知られる朱建平(しゅけんぺい)に「王位を得るが57歳で兵禍に遭う」と占われており、的中してしまった。

妻子は平民に落とされ、配下の者たちは反乱を知っていながら黙認したとして処刑された。

だが3年後には子の曹嘉(そうか)は早くも許されて王位に返り咲き、魏の滅亡後も晋に仕え公の位についた。
彼も父と同じく文学を愛好し、友人と詩を贈り合った記録が残る。

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