忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・成済  皇帝を殺した男



成済(せいさい)字は不明
魏の人(??~260)

魏の第四代皇帝・曹髦(そうぼう)殺害の実行犯。
その顛末は司馬氏の治世のため「正史」には事実と異なる公式見解が記され、実情は裴松之の注で触れられている。

260年、曹髦は専権を振るう司馬昭の誅殺を企み挙兵した。
密告によりすぐに露見し、曹髦は司馬昭の兵に囲まれたが、皇帝を傷つけたらどのような罪に問われるかわからないと、誰も手出しできなかった。
成済が司馬昭の参謀の賈充(かじゅう)に対処を問うと、彼は「お前を養っていたのはまさに今日のためだ。今日のことは(曹髦を殺しても)問題にはしない」と炊きつけた。
成済は進み出ると曹髦を剣で刺し殺した。その刃は背中をも貫き、また兄の成倅(せいさい)もともに手を下したともいう。

司馬昭は曹髦が郭皇太后(かく)の暗殺も狙っていたため、曹髦の錯乱による謀叛という公式見解を出した。
そして問題にしないという約定を違え、成済の独断による皇帝殺害として三族皆殺しを命じた。
司馬昭の友人の陳泰(ちんたい)は曹髦の遺体を膝に乗せ、涙ながらに賈充(かじゅう)の処刑を訴えたが、退けられたとされる。

全責任を押し付けられた成済は承服できず、屋根に登って声高に司馬昭を罵り、真実を訴えたものの、討伐軍を差し向けられ矢で射殺された。

「正史」を著した陳寿は司馬氏の目をはばかり、ただ曹髦の死と皇太后の暗殺未遂があったことだけを記し、皇帝の死を意味する「崩ず」ではなく「卒す」を用い、また通常は付記するはずの没した地名を省くことで、事態の異常さを間接的に表現している。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R