忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―魏・孫邕  鮑勛の死のきっかけを作る

孫邕(そんよう)字は不明
出身地不明(??~??)

魏の臣。

225年、陳留太守の孫邕は鮑勛(ほうくん)を訪ねる際、設営中で標識が立っているだけの陣をつい横切った。劉曜(りゅうよう)は処罰しようとしたが鮑勛はそれをなだめた。
その後、劉曜が罪を犯したため鮑勛が罷免しようとすると、劉曜は孫邕を不問にした件を訴えた。かねてから鮑勛を憎んでいた曹丕は、これ幸いと投獄した。懲役5年か罰金がせいぜいだったが、曹丕は強権発動し処刑させてしまった。(『鮑勛伝』)

侍中の盧毓(ろいく)が昇進する際、曹叡(そうえい)は自ら後任を選ばせた。盧毓は鄭沖(ていちゅう)を推挙したが曹叡は「聞いたこともない者を選べ」と言い、改めて孫邕と阮武(げんぶ)を推挙し、孫邕が選ばれた。(『盧毓伝』)

241年、王基(おうき)らとともに隠者の管寧(かんねい)を推挙したが、ちょうど管寧は病没した。(『管寧伝』)

孫邕、鄭沖(ていちゅう)、曹羲(そうぎ)、荀顗(じゅんぎ)、何晏(かあん)らは「論語集解」を著した。(『晋書 鄭沖伝』)

254年、三代皇帝・曹芳(そうほう)の廃位を求める上奏に、光禄大夫・関内侯として連名した。(『斉王紀』)

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R