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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・夏侯楙  三国志ナンバーワンの無能



夏侯楙(かこうぼう)字は子林(しりん)
出身地不明(??~??)

~経歴~
魏の将。夏侯惇の次男で、曹操の娘・清河(せいか)長公主をめとった。

父の威光により曹一族となり重用された。重職を歴任したが、「正史」には業績はほとんど記されておらず、父の跡も夏侯充(かこうじゅう)が継いでいることから、実力は高くなかったようである。
そのため以下の記述は裴松之が「魏略」から引いた注にもとづく。

曹丕が即位すると、夏侯淵の後継として長安を任され、関中の軍の指揮をとることになった。
しかし夏侯楙は生まれつき武略に欠け臆病で、金にがめつかった。
その悪名を聞いた魏延はわずかな手勢で長安を急襲することを提案したが、慎重な諸葛亮に却下されたという。
曹叡(そうえい)の代になると、夏侯楙の資質を問う声が上がり、都に呼び戻されている。

夏侯楙は長安にいた頃、多くの妾を囲っており、そのため妻の清河公主(ちなみに曹丕の姉にあたる)との仲は険悪だった。
弟たちも品行が悪く、夏侯楙は自分を棚に上げてたびたび叱責したため、処罰を恐れた弟たちは夫に不満を抱く清河公主と共謀し、罪をでっち上げ夏侯楙を逮捕させた。
曹叡は彼を処刑しようとしたが、段黙(だんもく)が冤罪だと見抜き、父・夏侯惇の功績に免じるよう弁護したため処刑を免れた。
妻を鞭打ちして処刑された蜀の劉琰(りゅうえん)とどっこいの、暗愚な人物である。


~演義での夏侯楙~
「演義」では夏侯淵の子で、夏侯惇の養子とされる。やはり夏侯淵よりも夏侯惇のほうが人気が高く、夏侯惇の子とするには恥だと、血縁を変えられたのだろうか。
夏侯楙は作中でも随一の無能な、そのくせ気位の高い人物に描かれ、大軍を率いて出陣するも老将の趙雲ただ一人に翻弄された挙句、さほど勇猛ではない王平(おうへい)に捕らえられている。
捕虜となってからも諸葛亮の策にいいように利用され、最後は異民族のもとに逃げて、それきり魏に戻らなかった。
しかも後に夏侯覇(かこうは)ら弟が司馬懿に登用される時には、曹叡に「彼らは夏侯楙と比べてどうなのか」と引き合いに出され、司馬懿には「比べ物にもなりません」と一蹴されている始末である。
「正史」と「演義」で業績こそ異なれど、人物像はほぼ同一の、三国志中でも屈指の無能な人物であろう。

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