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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―魏・呂昭  人事を批判される男

呂昭(りょしょう)字は子展(してん)
兗州東平郡の人(??~??)

魏の臣。

才能と実績があり、鎮北将軍に上った。
兗州刺史の桓範(かんはん)は自身が冀州牧に転任するという噂を聞き、冀州は鎮北将軍に管轄されているため、以前は下位にいた呂昭の部下になるのを厭い、妻の仲長(ちゅうちょう)に「諸卿になり三公に拝礼するならまだしも、呂昭に頭を下げるなどごめんだ」と愚痴った。
妻は「あなたは以前、部下の鄭岐(ていき)を殺そうとして、あなたの下で働くのは難しいと皆に思われました。呂昭に頭を下げるのは屈辱だと言われるなら、あなたの上で働くのも難しいということですね」とからかった。
痛い所を突かれた桓範はカッとなり刀の柄で妻の腹を突き、流産のうえ死なせてしまった。桓範は病と称して冀州牧を辞退した。(『曹真伝』)

太和年間(227~233)頃、呂昭は鎮北将軍のまま冀州刺史を兼任することになり、杜恕(とじょ)は「刺史は政務に専念するべきで、軍権を持つべきではない」と反対した。

長男の呂巽(りょそん)、三男の呂粋(りょすい)は高位に上り、次男の呂安(りょあん)は竹林の七賢の準メンバーとして著名である。(『杜畿伝』)

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