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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・向秀  竹林の七賢・色男



向秀(しょうしゅう)字は子期(しき)
河内郡懐県の人(??~??)

魏の末期に酒と薬物に溺れながら清談を繰り広げた「竹林の七賢」の一人。
七賢のメンバーである嵆康(けいこう)と、その友人の呂安(りょあん)と親しく、野山で生活していた。
だが向秀は読書を好みひとり勉学に勤しんでいたため、嵆康らは彼を嘲笑っていた。

ある時「荘子」の注釈を作ろうとすると、老荘思想に傾倒する嵆康は「荘子に注釈など必要ない。読者の邪魔をするだけだ」と反対した。
だがそれを押し切り完成させると、世の人々は「これを読む者は超然として心に悟り、一時のうちに自ら満足しない者はいない」と絶賛した。呂安も「荘周は死せず」と評したという。
後に「周易」の注釈も著したが「見るべきものはあるが荘子の注には及ばない」と評判は芳しくなかった。

262年(あるいは263年)、嵆康と呂安が政争に巻き込まれ処刑されると向秀は都に出仕した。
司馬昭が「隠者を志していた君がなぜここにいるのだ」とからかうと、向秀は「隠者は気難しいだけで聖王(司馬昭)の心に及ばず、敬慕するに足りませんでした」と答えた。
重職を歴任し、在職中に没した。

「思旧賦」という作品を残しており、これはある寒い日の夕暮れに、昔の住まいを通りがかった時、どこからともなく笛の音が聞こえたため、嵆康や呂安と過ごした在りし日を思い出し、作ったものだという。

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