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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―魏・劉劭  魏のベストセラー作家



劉劭(りゅうしょう)字は孔才(こうさい)
広平郡邯鄲県の人(??~??)

魏の臣。文章に優れ故事に詳しく、荀彧(じゅんいく)にも才を認められた。
曹叡(そうえい)に重用され法律、賦、勤務評定から儀礼の作法まで無数の文書を著した。
太守として外に出れば民の教育に努めて善政を布き、軍事で意見を求められても常に的確な判断を下した。

公孫淵(こうそんえん)が孫権とよしみを通じた時、討伐論が持ち上がったが、劉劭は公孫淵の父の業績を挙げて、寛大に接すべきだと唱えた。はたして公孫淵は孫権との関係を破棄した。

呉が合肥を攻撃すると、守将の満寵(まんちょう)は援軍を求めてきた。
諸将は大軍を出すべきだと考えたが、劉劭は「満寵の士気は高く容易に敗れません。歩兵5千と騎兵3千を大軍に見せかけて送り、補給線を断つ構えを見せれば撤退するでしょう」と献策した。
はたして援軍が到着する前に呉軍は撤退した。

生涯で百余篇の著作を残した。特に賦を作るのに長け、曹叡に求められ多数をものしたが、そこに相次ぐ遠征や宮殿造営への批判を忍ばせたという。

「演義」では呉軍が侵攻してきた際に一方面軍を任され守備に赴くだけで、文学家としての側面は描かれない。

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