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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝――魏・何晏  二丁目の伊達男



何晏(かあん)字は平叔(へいしゅく)
南陽宛の人(?~249)

~経歴~
後漢の大将軍・何進(かしん)の孫。
曹操に気にいられ、母は曹操の妾になり、自身は曹操の娘をめとった。しかし曹操の子や孫たちには疎まれ表舞台からは遠ざけられる。
曹操のひ孫・曹芳(そうほう)の時代に実権を握った曹爽(そうそう)と親しかったため、一気に権力の中枢へ。友人を次々と政権に参加させるなどやりたい放題を尽くしたが、司馬懿のクーデターにより曹爽は処刑されてしまう。何晏も連座で責任を問われ処刑された。

非常なナルシストで常に手鏡を持ち歩き、たびたび自分に見とれていたという。
また五石散(ごせきさん)という麻薬を愛用し、流行させた。ちなみにこの五石散を服用し歩き回ることから「散歩」という言葉が生まれたという説がある。

これだけ書くととんでもない遊び人だが、『論語集解』や『老子道徳論』を編纂し、清談(俗世間を離れ、芸術などの風流な話や学問についての高尚な議論を重ねる風潮・人々)の元祖となった人物でもある。

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