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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝――魏・于禁  散々な晩年

     

于禁(うきん)字は文則(ぶんそく)
 兗州泰山郡鉅平県の人(?~221?)


~経歴~
魏の武将。あらゆる戦で常に先鋒を務める。
ある戦でのこと。于禁は部下が裸で逃げていくのを見た。問いただすと「味方の青州兵にやられた」という。
青州兵とは、元黄巾賊で気性が荒かった。
怒った于禁は青州兵を討伐し、逃げた青州兵は曹操に「于禁が反逆した」と濡れ衣を着せた。
しかし于禁はまったく釈明せず「今は敵が攻めてくるのだから、守備を固めるのが先だ」と城壁の補修にとりかかった。
補修を終えてから釈明し「すばらしい判断だ」と曹操は激賞した。

しかしその晩年は酷かった。関羽に敗れ、捕らえられた彼は泣いて命乞いし捕虜となった。
一方、曹操に仕えて日の浅い龐徳は降伏を拒否して斬られ、曹操は「まさか三十年わしに仕えた于禁が龐徳に劣るとは思わなかった」と嘆いた。

呉の孫権は彼を優遇したが、虞翻(ぐほん)にいびられ、やがて魏に返された時には心労でやせ細り、髪は真っ白になっていたという。
既に曹操は世を去り、後を継いだ曹丕は笑って彼を迎え「父(曹操)の墓参りをしてはどうだ」と言った。
曹操の墓に行ってみると、そこには関羽に必死に命乞いする于禁と、激怒する龐徳の絵が描かれていた。
于禁は恥と屈辱から間もなく病死したという。

誰がいちばん性格悪いかって、間違いなく曹丕だろう。

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