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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―隠者・張臶  在野の神秘学者

張臶(ちょうせん)字は子明(しめい)
冀州鉅鹿郡の人(136~240)

隠者。生涯誰にも仕えなかった。

学問に長じ讖緯学(神秘学)と五経をともに修めた。
袁紹に招聘されたが応じず并州上党郡に移住すると、袁紹の甥で并州牧の高幹(こうかん)に県令に任じられたため、それも断り冀州常山郡に移った。彼を慕い数百人もの門弟が移住してきたという。

曹操の招聘も断り、広平郡に移住していた張臶は太和年間(227~232)にも災厄を除ける学者として推挙されたが、老齢を理由に断った。
広平太守の盧毓(ろいく)が着任すると、配下は挨拶に出向くよう勧めたが「張先生は上は天子に仕えず、下は諸侯を友にしない方だ。太守が挨拶に出向いても名誉を与えることにはならない」と言い、盧毓は手紙と贈り物だけを届けさせた。

236年、涼州張掖郡の川から神秘的で巨大な宝石が突如として現れた。諸臣は吉兆だと喜んだが、県令の于綽(うしゃく)から報告を聞いた張臶は、内密の話として「そもそも神の御業は未来を予告するもので、過去を暗示しない。瑞兆が現れ、その後に興廃が起こるのだ。既に漢は滅び、魏の時代になったのだから、この石は魏の誕生を祝うものではない。将来に起こることを暗示しているのだ」と語った。
はたしてこれは魏の滅亡と晋の誕生を予言するものだと後にわかった。

240年、張臶の家の門の陰にカッコウが巣を作った。「陽鳥のカッコウが陰に巣作りするのは凶兆である」と言い、張臶は琴を手にし2編の詩を作り、10日後に亡くなった。105歳だった。

同年、広平太守に着任した王粛(おうしゅく)は「都にも名の届いていた彼に会うのが楽しみだったが、その前に亡くなってしまった。彼は老齢になっても学問に励み、名誉を重んじなかった。家の門戸に表彰の言葉を記し、恩恵を与えよ」と命じた。

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