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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国志列伝――蜀・法正  悲運の天才



法正(ほうせい)字は孝直(こうちょく)
扶風郡郿県の人(176~220)

~経歴~
劉璋に仕えていたが、張松(ちょうしょう)の薦めで劉備に引見し、すぐに惚れ込んで寝返りを決意。
2年とかからず首尾よく蜀を乗っ取れたのは、法正の策のおかげである。

龐統の亡き後は軍師として蜀の軍事を任され、漢中を攻略。また孔明らとともに蜀の法律「蜀科」を制定するなど大車輪の活躍を見せた。
しかし陰険なところもあり、出世後は昔のささいな恨みにもいちいち報い、何人もの人間を処刑した。
さすがの孔明も、多大な功績のある法正を止めることはできなかったという。

ものの3年で天下にその名を轟かせたが、漢中平定の直後に急死。劉備はその死をいたみ何日も泣き続け、諡号(しごう 功績の大きかった家臣に死後に与えられる位。最高の名誉)を送った。
これは劉備による唯一の追諡だというから、法正をいかに重用していたかよく解る。

後に関羽の仇討ちで劉備が大敗すると、孔明は「法正が生きていれば、こんな負け戦は止められたろうに」と嘆息した。
士元、そして法正の死により、戦下手の孔明が兵権を握らざるをえなくなった時点で、蜀の命運は尽きていたのかも知れない。

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