忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―蜀・郤正  劉禅晩年のお守役



郤正(げきせい)字は令先(れいせん)
河南郡偃師の人(??~278)

蜀の臣。元の名は郤纂(げきさん)。
益州刺史だった祖父が反乱軍と戦い討ち死にした後も、一族は益州に留まった。
父は孟達(もうたつ)に仕え、魏に寝返った時も随行したが、若くして亡くなった。母も他家に再嫁したため幼い頃の郤正は孤独で、そのぶん学問に打ち込み若くして名文家と称えられた。

その後、蜀に仕えると専横を極める宦官の黄皓(こうこう)と屋敷が隣同士になった。だが郤正は出世に興味を持たず、黄皓も無関心を貫いたため、争い陥れられることも、昇進することもなかった。
263年、魏軍が成都に迫ると、郤正が降伏文書をしたためた。蜀帝・劉禅が洛陽に移送されると、郤正は妻子を捨ててそれに付き従い、万事にわたって助けた。そのため劉禅は落ち度なく過ごすことができ「郤正を評価するのが遅すぎた」と後悔したという。
また司馬昭が魏での生活を尋ねると、劉禅は郤正の進言通り「蜀が恋しく帰りたい」と答えたが、司馬昭は「郤正の教えた言葉にそっくりだ」とからかった逸話が広く知られるが、これは創作と思われる。

劉禅が没し、晋の代になっても郤正は重用され、太守に昇進し278年に死去した。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R