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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―蜀・張翼  細く長く蜀を支えた名将


 
張翼(ちょうよく)字は伯恭(はくきょう)
犍為郡武陽県の人(?~264)
 
蜀の将。
名門の出で劉備の入蜀後に頭角を現す。
厳格な性格で、法律を遵守するばかりで懐柔策をとらなかったため異民族の反乱を招いた。
戦いのさなか中央から召喚されると、部下は「急いで都に戻り釈明するべきです」と恐れたが、張翼は「私に才能がなく解任されるだけのことだ。仕事を投げ出して釈明に努めるより、後任者のために兵糧を集めておこう」とかまわず指揮を執りつづけた。諸葛亮はそれを聞き感心し、重用するようになった。
北伐の際には前軍都督と太守を兼任し多くの手柄を立てた。
姜維の代になるとそりがあわず、国力の低下を唱え北伐にただ一人反対した。だが姜維は張翼を重職に任じ、王経(おうけい)の軍を大破した。張翼は「追撃しても得はない」とここでも反対したが、姜維はかまわず追撃し、城を包囲したが陥落できずに撤退した。それ以来、姜維は張翼をうとんじたが、その軍才は認めていたため遠征には必ず引きつれ、張翼もやむなく従った。
魏の鄧艾(とうがい)、鍾会(しょうかい)が侵攻すると姜維とともに剣閣にこもり戦ったが、鄧艾の軍が迂回して成都を落としたため降伏した。
のちに鍾会が姜維とクーデターを起こすと、その混乱の中で命を落とした。

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