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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―蜀・夏侯覇  数奇な人生



夏侯覇(かこうは)字は仲権(ちゅうけん)
豫州沛国譙県の人(??~??)

~経歴~
魏の将。夏侯淵の次男。のちに蜀に亡命した。

魏の名門・夏侯一族の中でも武勇に優れ、5人兄弟の全員が秀才とうたわれた。
219年、定軍山の戦いで父・夏侯淵と弟の夏侯栄(かこうえい)が戦死したため、常に復讐の機会をうかがい、230年には曹真(そうしん)の指揮下で蜀軍と戦っている。

だが249年、皇帝・曹芳(そうほう)が幼いのをいいことに専権を振るっていた曹爽(そうそう 曹真の子)が司馬懿に誅殺され、曹一族は互いに連絡を取り合えないよう監視下に置かれた。
さらに親族の夏侯玄(かこうげん)も謀叛のかどで処刑され、その後任に犬猿の仲である郭淮(かくわい)が就くと、夏侯覇は身の危険を感じた。
蜀の皇帝・劉禅(りゅうぜん)の妻である張皇后(三国無双シリーズの星彩)の母は、かつて曹操が荊州を攻めたとき、劉備軍によって捕らえられた夏侯一族の娘であり、夏侯覇にとっては親類にあたった。
夏侯覇はそのつてをたどり、仇敵である蜀に亡命するという苦渋の決断を下した。

皇族に連なる夏侯覇は蜀に歓迎され、すぐに車騎将軍の重職に任じられた。
255年、姜維とともに北伐に赴き、魏の雍州刺史・王経(おうけい)に大勝したが、259年には車騎将軍に別の者が命じられ、諡号も贈られていることから、その直後に亡くなったと思われる。
ちなみに魏に残された一族は、本来は処刑のところだが功臣・夏侯淵に免じて流罪に留められている。

「演義」では登場が異常に早く、長坂の戦いで橋に一人立つ張飛の大喝にビビり、肝を潰して川に落ちるという情けない役を与えられている。
あんまり情けなさすぎるため同姓同名の別人として扱われたり、夏侯傑(かこうけつ)という別名に置き換えられるという処置がなされた。
また蜀に亡命後、姜維の副将として活躍し、最後は華々しく戦死を遂げており、創作で不遇なのか優遇されているのかいまいちわからない。

ともあれ三国志中でもこれほど名のある将が他国に亡命した例はほとんどない。しかもその先が父の仇敵だとは、実に数奇な運命である。

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