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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―蜀・呉班  なにげに皇族



呉班(ごはん)字は元雄(げんゆう)
陳留郡の人(??~??)

~経歴~
蜀の将。
父の呉匡(ごきょう)は大将軍・何進(かしん)が十常侍に暗殺された際、袁紹とともに宮中に斬り込み、宦官を一掃したことで知られる。

188年、劉焉(りゅうえん)は中央の動乱を避け、益州刺史の座を望んだ。
呉班も族兄の呉懿(ごい)とともにそれに同行し、やがて「男伊達」として知られるようになった。
呉懿の妹がはじめは劉焉の孫に、未亡人となると益州を攻略した劉備に嫁いだため、劉一族に連なり厚遇され、呉懿に次ぐ地位を与えられた。

劉備が関羽の仇討ちのため呉へ侵攻(夷陵の戦い)すると、呉班も一軍を率いて戦い、李異(りい)を破った。
(ちなみに李異はかつて劉焉の子・劉璋(りゅうしょう)に仕え、劉備の益州入りを機に呉へ降ったと思われる人物で、呉班とは同僚だった可能性がある)
だがおとり役として陸遜を挑発する任務は失敗し、本隊も火計によって大敗した。

諸葛亮の北伐にも従軍し、司馬懿を大いに破った。諸葛亮の没後も昇進を重ね、驃騎将軍となり、列侯にも封ぜられたが、詳細な活躍は記録が少なすぎてわからない。

もともと蜀は史官を置かなかったため記録が乏しく、「正史」の記述はいたって簡潔なのだが、それにしても劉一族に連なり、軍事においても重きをなしたはずの呉懿、呉班がそろって伝を立てられていないのは不思議な限りである。
裏になんらかの事情があるのでは、と勘ぐりたくなってしまう。

なお「演義」での呉班は、張飛の死を劉備に知らせる使者として登場し、その後も脇役としてちょくちょく顔を出すのだが、五丈原の戦いを前に戦死しており、呉懿の一族(つまり皇族の一員)だということにも特に言及されず、あまりいい扱いは受けていない。

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