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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―蜀・呂義  誤字から男



呂義(りょぎ)字は不明
出身地不明(??~??)

蜀の将。「演義」オリジナルキャラ。
諸葛亮の北伐メンバーの5番目に紹介される。――だけで以降は影も形もない。

だがこちらのサイト → 蜀人気質 で呂乂(りょがい)の誤記だろうと推理されており、非常に納得がいくため以下は呂乂について記す。


呂乂(りょがい)字は季陽(きよう)
荊州南陽郡の人(??~251)

蜀の臣。父の呂常(りょじょう 関羽と戦った魏の呂常とは別人)は州牧として赴任する劉焉(りゅうえん)を益州に送り届けたものの、帰り道を閉ざされてしまい、呂乂は幼くして父と生き別れになった。
劉備の荊州統治時代に仕えたと思われ、劉備は益州を制圧すると、王連(おうれん)を塩府校尉に任じ、塩と鉄の専売を命じた。
その際に王連に抜擢された呂乂は、頭角を現して各地の太守を歴任した。諸葛亮の北伐にあたっては後方支援を担当し、また任地では善政を布いたため官民問わず慕われた。

後に中央に上がり、246年に董允(とういん)が没すると後任となった。自身は清廉潔白のままで質素倹約に務めたものの、法万能主義の官吏ばかりを用いたため周囲の不満は募り、太守時代ほどの評価は受けなかったという。

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