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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝――蜀・何祇  蜀のいいかげん男B



何祇(かし)字は君粛(くんしゅく)
蜀郡の人(??~??)

蜀の臣。張嶷(ちょうぎょく)とは親友でともに貧しい家柄だったが、体格に優れ寛容だった。しかし好色で大食漢と節操に欠けたため張嶷の他に友人は少なかった。
若い頃、井戸の中に桑の木が生える夢を見たため、夢占いで知られる趙直(ちょうちょく)に相談すると「桑は桒とも書き十が四つと八と読め、井戸の中に生えたなら植え替えなければならない。これはあなたが48歳で亡くなることを意味している」と言われた。何祇は「それだけ生きれば十分だ」と笑ったという。

その後、何祇は楊洪(ようこう)のもとで頭角を現す。諸葛亮をはじめ人々は楊洪が人材を発掘したと称え、楊洪に次ぐ出世を遂げていった。
楊洪はそれをからかい「君の馬はどうして走らない(私を追い越せない)のだね?」と尋ねた。何祇は「乗っているあなたが走らせないからだ」と応じたため楊洪は大笑いし、このやりとりは話の種として広く知られるようになった。
また旧友の張嶷は病に倒れ、医者を呼ぶ金にも窮すると、久しく訪ねていなかった何祇に助けを求めた。何祇は無償で金を用立ててやり、張嶷は死ぬまで感謝を忘れなかったという。

ある時、諸葛亮は刑吏をしていた何祗の働きが怠惰だと聞くと取り調べを命じた。何祗はあわてて牢獄にいる罪人の調書を熟読し丸暗記した。
そして諸葛亮が視察に現れると、何祗はとうとうと罪状を述べたてたので、感心した諸葛亮はかえって県令に昇格させた。(これは演義の龐統、正史の蔣琬(しょうえん)の逸話のいいかげんバージョンという感じで面白い)
任地の犯罪件数は非常に多かったが、何祗は表面的には適当だが本質を見抜いた摘発をしたため、彼を恐れて犯罪は減少していった。

その後、羌族の鎮圧を命じられると何祗はまたも治績を上げた。「何祗になら喜んで従おう」と羌族をよく手なづけたというが、彼の厳格ならざる大らかな性格が羌族の風土と合ったのだろう。
何祗は高く評価され、その一族は羌族の近隣に移住された。48歳で夢占いの通りに没した。

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