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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―晋・楊済  楊駿に巻き込まれる

楊済(ようせい)字は文通(ぶんつう)
司隷弘農郡華陰の人(??~291)

晋の臣。一族の娘の楊艶(ようえん)が司馬炎の皇后に立てられたため、彼や兄の楊駿(ようしゅん)も縁戚として厚遇された。

司馬炎が狩りに出た時、虎が現れた。楊済は王済(おうせい)とともに一頭ずつ射殺し喝采を浴びた。
一族の中で武芸に優れた楊済・楊珧(ようちょう)ら兄弟は、軍事で重きを置かれた。

楊艶が没し、276年に楊芷(ようし)が皇后に立てられると、その父の楊駿は権勢をほしいままにし、楊済・楊珧ら三兄弟は「天下三楊」と称された。楊済は敵対勢力を左遷したり、諸王と縁組したりと謀略を駆使した。
278年、杜預(どよ)が出征する際には楊済だけが見送りの席を離れ、和嶠(かきょう)に無理やり席に戻された。
280年、呉征伐では大都督・賈充(かじゅう)の副将として荊州から指揮をとった。

楊駿は司馬氏の有力者である司馬亮(しばりょう)を忌み嫌い、都から遠ざけ許昌へ出そうとした。楊済は有能な司馬亮とは協力すべきであり、外へ出し兵権を持たせるのも危険だと考え、思いとどまるよう説得したが聞き入れられず、楊駿は娘と結託して司馬炎の遺言を偽造し、司馬亮を追放した。

291年、二代皇帝・司馬衷(しばちゅう)の皇后の賈南風(かなんぷう)は、実権を握るため宦官とともに楊一族の殲滅を図った。
司馬瑋(しばい)と結託して挙兵し、楊駿を殺害し一族と側近を捕らえた。
楊済は外にいたが宮廷へ召還された。楊駿の子を婿にしている裴楷(はいかい)へ処遇を問うと「教育係に任じられるだけだ」と言われた。裴楷も無事なことから安心して出頭し、捕らえられた。かねてから楊駿を憎んでいた裴楷の嘘であった。
長く兵権を握り、施しを好んだ楊済は将兵に慕われており、400人の部下はみな助命嘆願したが受け入れられず、処刑されてしまった。

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