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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―後漢・鄭泰  董卓に面従腹背

鄭泰(ていたい)字は公業(こうぎょう)
司隷河南郡開封の人(??~??)

鄭太(ていたい)とも書かれる。「後漢書」を著した范曄(はんよう)の父・范泰(はんたい)の諱を避けたためという。

後漢の臣。
計略に長じ、乱世を悟り各地の豪傑と交わり人脈を広めたため、富裕な家に生まれながら交際費で窮乏していた。大将軍・何進(かしん)の腹心として活躍した。
いち早く董卓の危険性を見抜いており、何進が宦官に対抗するため董卓を招こうとした時も反対したが、聞き入れられなかった。

何進が宦官と共倒れになり、混乱に乗じて実権を握った董卓には面従腹背し、逃亡した袁紹を赦免させたりと、打倒董卓のために陰ながら手を打った。
袁紹が反董卓連合軍を結成すると、鄭泰は自ら討伐軍を率いると偽り、袁紹に合流しようとしたが、董卓の不審を招き逆に兵権を取り上げられてしまった。

その後も何進の腹心だった荀攸(じゅんゆう)や何顒(かぎょう)らとともに董卓暗殺を企てたが露見し、荀攸・何顒は投獄された。鄭泰は逃亡したとも目こぼしされたとも伝わる。

董卓の死後は混乱を避けて袁術(えんじゅつ)のもとに移った。しかし揚州刺史に任じられ、赴任する途上で病没した。享年41。

弟の鄭渾(ていこん)は兄の遺児の鄭袤(ていほう)を連れ、兄の親友だった華歆(かきん)に身を寄せ、後には華歆とともに曹操の配下になった。
鄭渾は優れた行政手腕を発揮し「魏書」に、鄭袤もまた「晋書」に立伝されるほどの大人物となった。

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