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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―後漢・郗慮  孔融と犬猿の仲

郗慮(ちりょ)字は鴻豫(こうよ)
兗州山陽郡高平県の人(??~??)

後漢の臣。

若い頃は鄭玄(じょうげん)に師事した。
196年頃に侍中に任じられた。(『武帝紀』)
荀彧(じゅんいく)の推挙だという。(『荀彧伝』)

ある時、献帝に郗慮の長所を尋ねられた孔融(こうゆう)は「道義に優れるが臨機応変ではありません」と答えた。郗慮は孔融がかつて北海太守だった頃の失策をあげつらい、どこが臨機応変だったのかと聞き返し、二人は不仲となったため、曹操が仲裁した。(『武帝紀』)

曹操が禁酒令を出すと、孔融は「桀王や紂王は女色で身を滅ぼしたのだから婚姻も禁じるべきでは?」とからかった。曹操は内心では不快に感じたが表に出さなかったものの、郗慮はそれを察して孔融を罷免させた。(『崔琰伝』)

208年、司徒の趙温(ちょうおん)が曹丕を招聘すると、曹操は趙温がおもねろうとしていると糾弾した。献帝は郗慮に命じて趙温に罷免を伝えさせた。(『文帝紀』)

213年、曹操が魏公に任じられた時には、郗慮が朝廷の使者を務めた。

214年、伏皇后(ふく)が曹操の非道さを父に訴えた手紙が露見し、処刑された。郗慮は皇后が捕らえられる際に献帝と同席しており、献帝は彼へ「天下にこんなことがあるのか」と嘆いた。(『武帝紀』)

御史大夫の郗慮は劉劭(りゅうしょう)を招聘しようとしたが、罷免されたため取り止められた。(『劉劭伝』)

「演義」では孔融の恨み節を曹操に密告して処刑させたり、自らも伏皇后の逮捕に踏み込んだりと、ダーティーな活躍をしている。

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