忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―後漢・蒯良  川の流れのように

蒯良(かいりょう)字は子柔(しじゅう)
荊州南郡中廬の人(??~??)

劉表(りゅうひょう)の臣。

劉表が荊州牧に赴任した時、周囲は敵に囲まれ、蘇代(そだい)、貝羽(ばいう)ら太守や県長も兵を頼みに命令に服さなかった。劉表は単身で宜城へ乗り込み蒯良・蒯越(かいえつ)・蔡瑁(さいぼう)らを招き対策を協議した。

劉表が「災難は今にも降りかかろうとしているが軍勢が集まらない」と悩むと、蒯良は「民が従わないのは仁愛が不足し、従っても治まらないのは信義が不足しているからです。仁義が揃えば民は水が下へ流れるように身を寄せてくるでしょう。なぜ仁義を揃える前に兵と策を尋ねるのですか?」と言った。
一方で蒯越は「治世では蒯良の言うように仁義を第一としますが、乱世では策謀を第一とします。戦の趨勢は兵力ではなく人物の優劣にかかっています。袁術(えんじゅつ)、蘇代ら周辺の勢力は取るに足らない人物です。私が世話した者も多いから利益を与えれば寝返ります。そして風紀を正せば民も兵も集まり、誰にも手出しできません」と言った。

劉表は蒯越の策に従い荊州を平定するが「蒯良の言葉は仁義を尊んだ雍季の議論で、蒯越の言葉は策謀を使った臼犯の計略だ」と双方の意見を古の名臣に例えて称賛した。(『劉表伝』)

その後、曹操に仕え(?)吏部尚書にまで上った。
また二人の孫娘は司馬炎と、呉から晋へ亡命した孫秀(そんしゅう)にそれぞれ嫁いだ。(『世説新語』)

「演義」では蒯越の兄に設定され、出身地はなぜか揚州建安郡延平に変更。孫堅を討ち取る策を立てたり、敗戦を予期したりと常に正しい戦略眼を見せた。ただ孫策から人質と孫堅の遺体の交換を持ちかけられた時「見殺しにして一気に滅ぼしましょう」と仁義の欠片も無い策を立てている。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R