忍者ブログ

夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―呉・薛綜  機転に優れた名臣



薛綜(せっそう)字は敬文(けいぶん)
沛郡竹邑の人(?~243)

~経歴~
呉の文官。
戦乱を逃れて交州へ移り、大学者の劉煕(りゅうき)のもとで学んだ。交州を治めていた士燮(ししょう)が孫権の軍門に下ると、孫権に仕えるようになった。
薛綜は交州刺史として派遣されてきた呂岱(りょたい)に従い各地を転戦し、出世を重ねやがて呂岱とともに中央に呼ばれた。
その際には後任のために交州の歴史や風土を事細かに記した報告書を残し、当時の交州を知るための資料として今日でも重宝されている。

薛綜は機転に優れ、あるとき蜀の使者の張奉(ちょうほう)が、そばにいた闞沢(かんたく)の名前の字を分解してからかうと、口下手な闞沢はなにも言い返せなかった。
すると薛綜が歩み出て、蜀の字を分解して皮肉をやり返し、さらに呉の字を分解してその優位をとなえると、一座の者は喝采を挙げた。
また孫権に祖先を讃える新たな祝詞を作るよう言われると、短期間でそれを作り上げた。喜んだ孫権がさらに二編の新作を求めるとそれも成し遂げ、いずれも優れた出来栄えであった。
他にも数万言の詩や論文を残したという。

遼東(いまの北朝鮮の北西あたり)の公孫淵(こうそんえん)が呉に反旗を翻すと、激怒した孫権は海を越えて討伐するよう命じたが、薛綜は遠征の不利を説き、思いとどまらせた。
孫権の信頼は厚く、皇太子・孫和(そんか)の傅役を命じられた。薛綜は呉の基盤をおおいに揺るがすことになった後継者争いが持ち上がる前に死去しており、彼が健在ならば事態は大事になる前に収拾されていたやも……と思いたくなる。

なお『演義』での出番は赤壁の戦いを前に降伏を唱えるも諸葛亮に論破されたことだけで、『演義』の呉の人物に対する扱いはやはり軽い。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
小金沢
性別:
非公開

P R