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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―呉・華融  滕胤に従わず殺される

華融(かゆう)字は徳蕤(とくずい)
徐州広陵郡江都の人(??~257)

呉の臣。

祖父の代に戦乱を避けて江南に移住し山の麓に居を構えた。
当時、皇象(こうしょう)も同地に住んでおり、張温(ちょうおん)は皇象のもとで学問するにあたり、住まいを探し、「立派な志を持つ若者がいる」と華融を紹介された。
張温は華融の家に間借りし、朝夕にわたり論談を交わした。

その後、孫権に招聘された張温は選部尚書になり、華融を太子庶子に抜擢し、これにより華融の名は知られるようになった。(『孫綝伝』)

241年、太子の孫登(そんとう)は遺言で「范慎(はんしん)・華融は勇敢で断固とした節操を持ち国士の風がある」と評した。(『孫登伝』)

257年、呉の実権を握った孫綝(そんちん)は、意に沿わない呂拠(りょきょ)と滕胤(とういん)を除くため、呂拠へ討伐軍を出し、滕胤には侍中・左将軍を務める華融と、丁晏(ていあん)を送り、武昌に駐屯するよう命じた。
滕胤は陰謀を察知し、華融と丁晏を捕らえ、孫綝を批判する手紙を書かせた。
孫綝は手紙を無視し滕胤の城を包囲させた。滕胤は今度は孫綝討伐を命じる詔勅を偽造させようとしたが、華融らは従わなかったため殺してしまった。

長男の華諝(かしょ)も父とともに殺されたが、次男の華譚(かたん)は無事で、呉の滅亡後は晋に仕えた。(『孫綝伝』)

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