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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―呉・胡沖  胡綜の文才ある子

胡沖(こちゅう)字は不明
豫州汝南郡固始の人(??~??)

呉の臣。
胡綜(こそう)の子。

公正で穏やかな人物で文才があった。
243年、父が没すると爵位を継いだ。
天紀年間(277~280)に中書令を務めた。(『胡綜伝』)

280年、晋の大軍が都に迫ると、薛瑩(せつえい)・胡沖の進言により孫皓は降伏を決めた。(『孫皓伝』)

呉の滅亡後は晋に仕え、尚書令・呉郡太守に上った。(『胡綜伝』)

胡沖は「問答」を著し、その中に屈晃(くつこう)の記録が見える。(『孫和伝』)

人物評価にも長け、胡沖の「楼玄(ろうげん)・王蕃(おうばん)・賀邵(がしょう)は当時(呉末期)の最も優れた人物たちで、ほとんど優劣を付け難いが、あえて付けるなら楼玄が最も上で、次に賀邵。華覈(かかく)は文才では韋曜(いよう)をしのぐが、公文書では及ばない」との評を、陳寿は採録している。(『王楼賀韋華伝』)

一方で胡沖の著した「呉録」に記された「劉備は曹操の下にいた時、動向を疑われ、私は野菜を育てるような人物ではないと出奔した」という逸話を、裴松之は「曹操は疑っておらず事実と甚だしく食い違っている」と非難している。(『先主伝』)

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