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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―呉・朱拠  空回りする期待感



朱拠(しゅきょ)字は子範(しはん)
揚州呉郡呉県の人(194~250)

呉の名将・朱桓(しゅかん)の一族で、孫権の娘の孫魯育(そんろいく)を妻に迎えた。
容貌とともに文武両道に優れ、将来を嘱望された。

曁艶(きえん)が人事を任されていた時、彼は諸臣の不正を厳しく取り締まり、十人のうち九人までを失職させるほどだった。
朱拠は天下が定まっていない現在、多少の欠点に目をつぶり有能な人物を取り立てるべきだと主張したが曁艶は聞き入れなかった。
その後、曁艶は私腹を肥やしているという讒言により失脚し自害を命じられた。

孫権は有望な武官が育たないことを嘆いていたが、朱拠こそ呂蒙にも匹敵する逸材と期待を寄せ、娘を嫁がせ高位に抜擢した。
朱拠は期待に応えようと清廉潔白を心掛け、また多くの有能な人材を見出そうとしたが、魏から偽装投降してきた隠蕃(いんばん)の正体を見抜けず、また呂壱(りょいつ)に横領の罪を着せられるなど空回りした。

その後、二宮の変(孫権の後継者争い)の末に皇太子の孫和(そんか)が廃嫡され幽閉を命じられると、朱拠は顔に泥を塗り、縄で身体を縛って孫権の前に出て孫和の赦免を願った。
だが孫権はこれに激怒し、百叩きのうえ僻地への左遷を命じた。
任地に赴く途中、かつて孫和陣営と対立していた孫弘(そんこう)は、病に伏した孫権に朱拠の讒言を吹き込み、ついには詔勅と偽り自害を命じさせた。

2人の子は後に当時の呉を牛耳っていた孫峻(そんしゅん)への暗殺計画の濡れ衣を着せられ、孫魯育とともに処刑された。
なお濡れ衣を着せたのは孫魯育の姉の孫魯班(そんろはん)である。
孫休(そんきゅう)が即位すると、妻が朱拠の娘だったため名誉の回復が図られたが、孫和の子の孫皓(そんこう)が皇帝になると、皇后に上っていた娘は暗殺された。
一方で孫の朱宣(しゅせん)は驃騎将軍にまで昇進している。

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