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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります

三国列伝―呉・徐詳  是儀・胡綜と並び称される

徐詳(じょしょう)字は子明(しめい)
揚州呉郡烏程の人(??~??)

呉の臣。

200年、孫策が没し、孫権が車騎将軍に任じられると、是儀(しぎ)や胡綜(こそう)とともに政治の中枢を担った。(『胡綜伝』)

217年、都尉の徐詳は魏に赴き、降伏を申し入れた。(『呉主伝』)

220年、孫権が呉王に任ぜられると三人は列侯された。(『胡綜伝』)
この時、節度の官が新設され、兵糧を司った。侍中・偏将軍の徐詳が担当した。(『諸葛恪伝』)

229年、建業に遷都すると胡綜とともに侍中となり、郷侯として左右領軍を兼務した。
胡綜(243年没)よりも先に没した。(『胡綜伝』)

徐詳の死後は諸葛恪(しょかつかく)が節度に用いられようとしたが、叔父の諸葛亮が「諸葛恪はいいかげんな性格で向いていない」と陸遜に忠告し、取りやめとなった。(『諸葛恪伝』)
諸葛恪に代わり節度に任じられた顧譚(こたん)は、孫権に目通りし意見を述べると、孫権は食事の手を止め「徐詳にも勝る」と褒めた。(『顧雍伝』)

陳寿は「是儀・徐詳・胡綜は国家経営に大きな業績を残し、家に例えるなら垂木である。徐詳はしばしば使者を務め役目を立派に果たした」と評した。(『胡綜伝』)

なお「演義」には三人とも登場しない。

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