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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―呉・孫魯育  悲運の妹



孫魯育(そんろいく)字は小虎(しょうこ)
出身地不明(??~??)

孫権と練師(歩夫人)の娘。孫魯班(そんろはん)の同母妹。
朱拠(しゅきょ)に嫁ぎ朱公主とも呼ばれる。

孫和(そんか)と孫覇(そんは)による二宮の変(孫権の後継者争い)に際し、夫の朱拠は孫和に与した。
孫権が争いに孫和の廃嫡と孫覇と自害で決着をつけると、朱拠は縄で体を縛り、顔に泥を塗ってそれに抗議した。
激怒した孫権は百叩きと左遷を命じ、さらに不仲だった孫弘(そんこう)の讒言によって朱拠は処刑されてしまう。

孫権が没し、孫和らに代わり太子になったわずか9歳の孫亮(そんりょう)が即位すると、後事を託されていた孫峻(そんしゅん)が専横をふるい出した。
孫権の嫡子で早世した孫登(そんとう)の子・孫英(そんえい)は孫峻の暗殺を企てたが、自身も諸葛恪(しょかつかく)の暗殺でのし上がった孫峻に隙はなく、孫英は逆に捕らえられ処刑された。
すると孫峻と密通していた孫魯班は、魯育の子らも孫英と共謀していたと讒言し、魯育母子も処刑させてしまった。
二宮の変に際し孫覇を擁立していた孫魯班は、先に孫和も自害に追い込んでおり、夫(朱拠)が孫和の廃嫡に猛抗議した魯育もこの際に排除しようと考えたと思われる。

その後、連座を逃れた魯育の娘は孫休(そんきゅう)に嫁ぎ、孫亮が没すると孫休が三代皇帝に即位した。
すでに孫魯班は権力争いに敗れて流刑になっており、魯育の名誉が回復されるかと思われたが、孫休も没し孫晧(そんこう)の代になると、目障りになった前皇后(魯育の娘)は殺された。
どこまでも悲運の血統である。

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