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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―呉・孫弘  三度目の正直



孫弘(そんこう)字は不明。
揚州会稽郡の人(??~252年)

呉の臣。陰険で腹黒く、本性を隠して目上の者にへつらい出世を重ねた。
二宮の変(孫家の後継者争い)では孫覇(そんは)に与した。孫覇派の讒言によって張休(ちょうきゅう)が左遷されると、兼ねてから不仲だった孫弘は孫権をそそのかし、張休を殺させた。

孫覇の処刑で二宮の変が幕を下ろし、孫亮(そんりょう)が太子に選ばれると、それに反対した朱拠(しゅきょ)が左遷された。
この時も不仲だった孫弘は孫権が病に臥しているのを幸い、詔書を捏造して朱拠に追手を差し向け、自害させてしまった。
また孫亮の母・潘(はん)夫人はライバルとなる夫人を讒言で殺させるなど野心深く、孫権が長くなく孫亮もまだ9歳と幼いのをいいことに自ら実権を握ろうと考え、母が幼帝に代わり国を運営した故事を孫弘に尋ねている。
(ちなみに潘夫人はその後間もなく、これまた孫権が寝込んでいるのをいいことに、日頃から恨みに思っていた宮女たちによって縊り殺された。孫権には病死と報告されたという)

252年、孫権は危篤に陥ると諸葛恪(しょかつかく)、孫峻(そんしゅん)、孫弘らに後事を託した。
孫権が亡くなると、孫弘はこの隙に諸葛恪を排除しようと考え、孫権の死を伏せて詔書を捏造し諸葛恪を処刑させようとした。
だが孫峻がそれを諸葛恪に密告したため、孫弘は逆に諸葛恪によって誅殺された。
二度あることは三度なく、三度目の正直での憤死だった。

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