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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―呉・周魴  髪を剃って曹休を騙す



周魴(しゅうほう)字は子魚(しぎょ)
呉郡陽羨の人(??~??)

~経歴~
若い頃から学問を好み、孝廉にあげられ着々と出世を重ねると信賞必罰で知られ、軍才も花開き、賊の討伐で名を上げた。
228年、魏の曹休(そうきゅう)が10万の兵を率いて南下を始めると、孫権は周魴を大役に抜擢する。
山越賊の頭目を魏に偽装投降させるというものだったが、周魴は山越ではなく自分が降伏したほうが信用されるだろうと献策し、許可を得た。

周魴は曹休に手紙を送り、理不尽な罪を得て処刑が目前だと訴え、呉軍の布陣を示し、内応の手順を事細かに説明した。「周魴伝」の実に6割がこの手紙の内容に費やされている。
赤壁の戦いの際の黄蓋を筆頭に、呉と魏の間ではたびたび偽装投降の策が用いられており、この内応が真実か否か、曹休の周囲でも意見が真っ二つに分かれていた。
だが内応をめぐって周魴のもとに都から詰問の使者が訪れ、周魴が剃髪して謝罪すると、曹休は内応を信じるようになった。
そして曹休は軍を進めたが、陸遜らの伏兵に挟撃され大敗した。
内応を最後まで疑っていた賈逵(かき)の救援で曹休は辛くも逃げ延びたものの、騙されたことを棚に上げて救援が遅いと賈逵を責め立てたが、やがて急病を得て亡くなった。

孫権は酒宴を開いて周魴を歓待し、「剃髪してまで大事を成し遂げた君の功名は、末代まで残さなければならない」と激賞した。
その後も周魴は賊の討伐で大功を重ねた。董嗣(とうし)という賊の頭目が反乱したとき、吾粲(ごさん)、唐咨(とうし)ら名だたる将ですら歯が立たなかった。
すると周魴は「私の一存でやらせて欲しい」と上表して討伐に赴くと、董嗣を暗殺してたちまち平定してしまった。
偽装投降の成功で将軍となり侯にも封じられたが、郡に赴任し最前線で戦うこと13年で没した。

全くの余談だが、実際には髪を全て剃り落としたと思われるが、「横光三国志」ではまげを切るだけに留めており、ちょっとしたイメチェン程度にしか見えない。

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