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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝―呉・呉景  孫策の叔父



呉景(ごけい)字は不明
揚州呉郡呉県の人(??~203)

孫堅の妻・呉(ご)夫人の弟。孫策・孫権の叔父に当たる。
両親を早くに亡くし姉と暮らしていた。孫堅が姉に求婚すると、身分が低いことから一族の者は反対したが、姉は孫堅の恨みを察し「将来に禍根を残すべきではない」と求婚を受け入れた。
孫策、孫権、孫尚香ら4男1女をもうけ、呉景も縁戚として重用された。

191年、孫堅が戦死すると、その兵を継いだ孫賁(そんふん)とともに家名存続のため一族をつれ袁術(えんじゅつ)に仕えた。
揚州の攻略を狙う袁術から丹陽太守に任命されると、正式な太守の周昕(しゅうきん)を攻撃した。呉景は敵対する民は無差別に殺すと脅したため、周昕はやむなく抵抗せずに逃亡した。

劉繇(りゅうよう)は寿春に赴任するはずだったが、袁術に乗っ取られていたため曲阿に駐屯し、奪回の機をうかがっていた。
呉景ははじめ劉繇に協力し袁術から独立しようと考えたが、劉繇とも対立してしまい、逆に丹陽を奪われ袁術のもとへ逃げ帰った。
袁術は呉景と孫賁に攻撃を命じたが、うまく行かなかった。そこに孫策が援軍に駆けつけると、卓越した戦術眼で、数倍の兵力を有していた劉繇を瞬く間に撃破した。
袁術は勝利を喜び、呉景を徐州の劉備への備えとして広陵太守に任命した。だが袁術が皇帝を僭称すると、それを機に孫策は独立を果たしたため、呉景も広陵を放棄して合流し、孫策から新たに丹陽太守に任命された。

197年、曹操は急速に拡大する孫策の戦力を削るため、呉景に将軍位を贈り、正式に丹陽太守にも就け懐柔しようとしたが、呉景は寝返ることなく203年に没した。
子孫も呉に仕え重用されたが、末期の政変に巻き込まれ次々と命を落としている。

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