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夢想大蛇

三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです

三国列伝――呉・程普  呉の宿老


 
程普(ていふ)字は徳謀(とくぼう)
右北平土垠の人(?~?)

呉の宿将。
武勇だけではなく容貌と見識に優れ、外交面にも長じた。
孫堅に従い董卓軍と戦い多くの武功を立てた。城攻めや野戦でも先頭切って戦ったため満身創痍だったという。

孫堅が没すると遺児の孫策を支え袁術(えんじゅつ)に仕えたが、成長した孫策が独立するとそれに従った。
孫策が反乱した祖郎(そろう)の大軍に囲まれた時、程普はもう一人の素性不明の騎兵とともに突撃し、包囲網を破って孫策を救った。
劉勲(りゅうくん)、黄祖(こうそ)の討伐でも活躍し、同じく宿将である黄蓋や韓当(かんとう)よりもはるかに高位にあった。
孫家に仕えた将の中でも最年長の程普を人々は「程公」と尊称で呼び習わした。

孫策の死後は孫権に仕えたが、208年の赤壁の戦いでは周瑜と意見が対立し行軍に停滞が生じた。だが周瑜はその対立を逆利用し、黄蓋が曹操に偽装投降する策略を放ち、大勝のきっかけとなった。
周瑜とは後に和解し、彼が没すると後任の南郡太守となり、劉備との交渉により南郡が劉備に譲渡されると江夏太守に復し、間もなく没した。

一説には反乱を鎮圧した際に、数百名の反逆者を自ら火中に飛び込ませる残酷な処刑方法をとったため、彼らの霊に呪われ重病に陥ったとされる。

「演義」では黄蓋、韓当、祖茂(そも)とともに孫堅配下の四天王として活躍。
鉄脊蛇矛を武器に董卓軍の胡軫(こしん)を討ち取ったり、太史慈と一騎打ちで引き分けるなど史実以上に勇猛に描かれる。
また洛陽の都で玉璽を拾った孫堅に決起を促したり、赤壁の戦いでは史実とは逆に周瑜に的確な助言を与えたりと参謀役もこなしている。

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コメント

1. 無題

香川県ルーちゃん餃子のフジフーヅはバイトにパワハラで指切断の重傷を負わせた犯罪企業.中卒岸下守がやった.

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