三国志と日本戦国時代の人物紹介ブログです。三国志の全登場人物を1日1人以上紹介中。リニューアル中のページは見られない場合があります
兪氏(ゆし)本名は不明
出身地不明(??~??)
孫堅の側室。吉川英治オリジナルキャラ。
実在する孫韶(そんしょう)の母に設定される。
つまり吉川英治は孫韶を孫堅の実子だとアレンジしたのだが、肝心の孫韶が魏軍相手に活躍する場面ではすでに忘れられており、孫権の甥に再設定された。
なお実際には孫権の族弟である。
「正史」、「演義」には登場せず、関羽の架空の三男・関索を主人公とした「花関索伝」にのみ登場する。
容姿と武芸に優れ多くの男に言い寄られたが、自分より強い男としか結婚しないと言い放っていた。
放浪中の関索は彼女の噂を聞きつけて挑戦し、見事に勝利を収めた。
鮑三娘は関索の強さと、畏敬する関羽の息子だということに惚れ込み求婚し、晴れて夫婦となった。
その後はともに劉備軍で活躍するが、南中討伐にあたって鮑三娘は関索の側室たちとともに留守を命じられた。
関索は未練を残すが鮑三娘は「国の大事に何を言っているのか」と激励して送り出すも、関索はあえなく戦死を遂げた。
その後の鮑三娘は留守を守って討ち死にしたとも病没したともされる。
なお「演義」での関索は南中討伐で初登場し、特にこれといった活躍はしないが戦死もしておらず、自分が主人公の話の方が悲劇的な結末を迎えるという逆転現象が面白い。
また初登場の際には鮑三娘の実家である鮑家荘で療養していたと語られており「花関索伝」との薄いつながりも見える。
他の京劇などでは「鮑三娘が関索を倒し婿に迎えた」や「妖怪の鮑三娘を神の関索が討伐し結婚した」等さまざまなパターンがあり、架空の人物にもかかわらず鮑三娘の墓も現存する。
北斗(ほくと)・南斗(なんと)
神々。北斗は死を司り、南斗は生を司る。
三国志最強の占術師・管輅(かんろ)の逸話に登場。
趙顔(ちょうがん)という19歳の若者が管輅に年内に死ぬと見立てられたため、泣きついて対処法を求めた。
管輅は山で囲碁を打っている二人組に酒や肴を贈り、寿命を延ばすよう願い出よと助言した。その二人組が北斗と南斗で、賄賂を受け取った見返りに寿命を99歳まで延ばしてやる大盤振る舞いをした。
その後、二人は管輅に軽々に天機をもらさぬよう忠告を残し、鶴に変化し飛び去った。
「演義」で管輅の逸話として最も著名なものだが、正史(ちくま学芸文庫版)で管輅の逸話は57ページに渡り延々と描かれるが、実はこの逸話は出てこない。「捜神記」が初出と思われる。
「横光三国志」で南斗は無駄に若い頃の曹操に似ている。
趙厳(ちょうげん)字は不明
出身地不明(??~??)
魏の将。吉川英治オリジナルキャラ。
219年、曹仁は関羽に樊城を包囲されたが、徐晃の援軍や呉軍の参戦により関羽は敗走した。
曹仁は追撃をかけようとしたが、司馬を務める趙厳はあまり関羽を追い込むと手痛い反撃を受けかねないと反対し、放置して後は呉軍に任せれば、どちらも損害を出すだろうと進言した。
曹仁はもっともだと考え追撃を控えさせた。
厳密に言うとオリキャラではなく、正史ではこの進言は趙儼(ちょうげん)のものであり単純な誤記に見えるが、「演義」にはチョイ役で全く別人の趙儼が存在し、作中でも先に登場しており、それに気づいた吉川英治が改名した可能性がある。
貂蝉(ちょうせん)本名は不明
出身地不明(??~??)
呂布の第三夫人。吉川英治オリジナルキャラ。
董卓と呂布を仲違いさせるために送り込まれた貂蝉は、首尾よく呂布が董卓を暗殺すると、その直後に自害した。
思いの丈を綴った詩を遺しており、それを読んだ呂布は彼女が刺客として送り込まれたことに気付き、発作的に遺体を井戸に投げ捨てた。
だが結局は彼女の面影を忘れられず、似た容姿の女を探して側室とし、しかも貂蝉と名付けて寵愛した。
曹操によって城を包囲されると、陳宮(ちんきゅう)は呂布が城外に布陣し内外で連携する策を立てた。
だが貂蝉が陳宮の反乱を危惧すると、呂布は策を反故にしてしまった。
なお「演義」ではこの役は正室の厳氏(げんし)が務めている。
その最期は特に描かれていない。
「横山三国志」では元祖の貂蝉が詩を遺さなかったので二人目の貂蝉も登場しない。
大姓黽氏(たいせいぼうし)本名は不明
荊州南陽の人(??~??)
富豪。吉川英治オリジナルキャラ。
劉備に三顧の礼で迎えられた諸葛亮は、南陽の富豪である大姓黽氏から、自ら保証人となり銭千万貫を借り受け、軍資金に回した。
劉備は名家の出である諸葛亮を帷幕に加えたことで、その知略だけではなく、簡単に大金を集められるほどの信望も手に入れたことを示すために作られた逸話だろう。